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東名スポーツ 代表より

レース業界が同好会からビジネスとして動き始めて5~6年の1970年、 私はこの業界に入りました。

諸先輩方のレーシングカー製作、部品製作及びメンテナンスサービス、開発テストなどでの技術を現場で目の当たりにし、経験と知識を積み重ねて早や44年。自分自身のアイデアがレーシングカーの性能を左右し、結果に結びつくという環境がとても充実した、やり甲斐と夢のある世界であると実感しています。

私が入社した、 「東名自動車(株)(現・(株)東名パワード)」は、日産自動車のワークスドライバーとして名を知られた鈴木誠一によって、レース専門会社として興されました。ドライバーであり、名チューナーであった鈴木誠一は日産セドリック、フェアレディZ432、432RスカイラインでのGT部門連勝など数々のレースで上位の戦績を納め、多くの伝説を残しました。マイナーツーリング時代の“東名サニー”、GCやF2レースの常勝パワーユニット・・・。その一つ一つが日本のレース史に輝いています。
その後、特殊ツーリングカーのサニー1300対カローラ1300の対決が日本中のレースファンを魅了し、沢山のチューニングショップが切磋琢磨し、技術を競い合いました。その技術が今のモータースポーツを支えていると言っても過言ではありません。

1975年頃、日本のモータースポーツはそれまでのツーリングカー主体のレースから本格的なフォーミュラ時代に入り、国産FJマシンの開発など、コンストラクターの活動が活発になりました。東名自動車で開発したA12型をチューニングしたエンジン(エア吸入規制はせず、フルオープンでウエーバーキャブ45DCOE2連装備。当時のヨーロッパのF3エンジンと遜色ないパワーだったと思われる)を搭載したFJ1300シリーズが始まり、星野一義氏、中嶋悟氏、長谷見昌弘氏、松本恵二氏、高橋健二氏など、トップドライバー達が活躍しました。

その後、FJ1300、F3、FP、F2、F3000、GTそしてプロトタイプCカー耐久と、国内トップクラスの様々なカテゴリーを自分の手でメンテナンス、部品製作、サーキットサービスしてこられた経験は、大切な宝となっています。
この30年間、サーキットの動員数が年々増加し、観る側、造る側、スポンサー側、興行主側が四つ巴になって日本の車社会、モータースポーツ業界の基盤ができあがってきた時代にタイミングよく様々な貴重な体験、勉強をさせて頂いてきたことは、本当に幸運であり、感謝の念に耐えません。

この経験を活かし、お客様のどんなニーズにも適切なアドバイスし、きめ細かなサービスを提供することが可能です。
(株)東名スポーツの全ノウハウをモータースポーツを愛する方々に捧げます。

 


「モータースポーツを盛り上げよう」

東名スポーツは1985年に創業致しました。本社、工場ともに富士スピードウェイメインゲート(東ゲート)から約1分でアクセス可能です。

アナログからデジタルへ、時代が目まぐるしく変貌するように、我々のレース界も日々変化しております。技術の進歩も目覚ましく、ひと昔前では考えられなかったような事も、今では当たり前のようになっています。

東名スポーツは、国内外のモータースポーツに参戦しているマシンのメンテナンスや製作、開発などを主たる業とし今年で29年目となります。今までに数多くのマシンに携わり、その中で得た膨大なデータや知識、さらに経験に基く感性や感覚は、なかなか言葉では言い表せるものではありません。

弊社ではレーシングマシンのマシンメンテナンス、サポート以外でも特殊車両やクラッシックカーなどの修理、改善など多種多様な御依頼を受けております。また、一般市販車両のパーツやマフラー製作、競技用のスペシャルエキゾースト製作も受付中です。 今までの経験に裏打ちされたエキゾーストは、一切の妥協無く、随所に匠の技が光ります。

  • 株式会社 東名スポーツ

    代表取締役社長 中野 啓吉

    1944年12月6日 新潟県出身
    1970年 25歳で東名自動車株式会社に入社
    故 鈴木誠一氏に師事し、シャシ部門にてストッカー製作、特殊ツーリングカー(日産サニー)製作、FJ1300メンテナンス
    星野一義氏、高橋健二氏と出会い、高橋健二氏とはその後FP、F2、F3000、GCに於いて、横浜ゴム(株)のADVANタイヤ開発を行う。
    1985年11月 (株)東名スポーツを設立し代表取締役就任。

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